ひげフレディー氏の番組「Fredio」で、
2008年新春企画として放送された、
「〈2008 新春放談〉ひげちんエモーション」を聞いて、鳥肌が立った。
ホスト役であるひげフレディー氏を介し、Bonchicast.のちん氏とヒロカズエモーション氏がタイトル通り自由気ままに談笑しているのだが、とにかく放送から漂う全体の雰囲気が、まるごとエンターテインメントとして成り立つ威力をもっている。
話し口調だけで感じる、大物のオーラ。
水面下の人間関係を感じさせる、行間からにじみ出る両者のせめぎ合い。
両者をうまく誘導させ、決して出しゃばることなく進行させるホスト役。
全体をとりまく、あくまで外に向けられたことを意識しての、エンターテインメント精神溢れる雰囲気。
お三方をすでに番組等で知っているというのが前提になるにせよ、この鼎談ファイルは、爆発寸前のギリギリのバランスで形成された、そんな魅力/威力をもっていると感じた。
自分がポッドキャストを始めたばかりの2年前に、憧れのポッドキャスト番組を心弾ませながら聞いていたときの感情がよみがえり、同時に、自身のポッドキャスト配信についてのモチベーションが一気に充電されたのが分かった。
「こんな大物になりたい」。
僕にとってのポッドキャスト配信についてのモチベーションは、一見自由で平和的な雰囲気だが、実は、皆が戒律的な思想に捕われ足並み揃えて行進する極めて排他的な軍隊のような、そんな集団に混ざることによっては満たされない。
しかるべき魅力・権力をもった憧れの対象をもち、
「いつか俺もこの対象に入れてもらえるようになってやる」、
そんな野心を燃やすことによってのみ、モチベーションが満たされることを思い出した。
もしあなたが配信者なら、横を見るより、上を見よう。
階層間の移動を試みなければ、シーンの明日は見えてこない。
最後に、この鼎談ファイルのうち、特におすすめする放送を紹介させていただきたい。
■〈2008 新春放談〉ひげちんエモーション1(9分33秒)
http://fredio.seesaa.net/article/76901190.html
「他のメディア」を見聞きするかというテーマについて、そして、ポッドキャスト界において「重鎮」と呼ばれることについて、ちん氏とヒロカズエモーション氏の両者の強かなバトルが垣間みれる。
そこはかとなく仕組まれた、攻撃性を帯びる言葉一つ一つが面白すぎる。
相手の話を引き出しつつ会話を展開させていく能力をもったお三方が、互いに複雑に絡み合うシーンは圧巻。
■〈2008 新春放談〉ひげちんエモーション4(12分21秒)
http://fredio.seesaa.net/article/77178460.html
ちん氏とヒロカズエモーション氏の両者が、互いにその印象を語り合う。初対面のときのエピソードなども聞くことができる。
後半では、配信者として「モテているか?」の問いが飛び出し、それについて、ちん氏による、かなり興味深いエピソードが登場する。
2008年01月11日
2008年01月05日
自分は何も成長していない
受信者の方々から暖かい声援をいただき、また、
同じ配信者たちから様々な言葉をかけられ続ける毎日を送っていると、
ときに、自らの不手際によって、自分のスタンスや位置が正確に把握できなくなってしまう。
与えられた情報を整理し、参考にするべき意見を取り入れ、あくまで客観的にそれらを捉え、分析する力を備えていないと、せっかくの声援やアドバイスを、無駄にしてしまうことになる。
放っておいても加速度的に伸び続ける、延べ「登録者数」。
単に過去ログが増えているというだけの「キャリア」。
時が経つにつれ自動的に誕生し続ける新規参入者によりそこはかとなく形成される、極めて陳腐な相対的評価。
これらの情報は、今、自分が配信しようとしている内容、つまり、現在の自分が発揮できているスタンスとは、全くといっていいほど関連性がない。
そして、最終的に重要視する項目ではない。
最終的に、というのは、それらは、宣伝効果のあらわれとして、自分を広く知ってもらい、認めてもらった証にはなるかも知れないが、それだけでは己の進化の糧にはならない、という意味だ。
自分の行っている活動の格を一切上げることなく、そのままのスタンスを維持し、じわじわとその認知度だけを広めていくという行為は、もう、今の僕には極めて無意味なことだと考える。
大切なのは、成長し、進化し、何を配信し、何を表現できるかだと考える。
一年前に製作したファイルと、今製作するファイルの質が、自分の中の基準で「同じ」と判断できるなら、それは、自分が一切成長していないという証拠だ。
現在の素人podcastという分野において最も渇望されているのは、早急なキラー・コンテンツの増加だ。
キラー・コンテンツの増加がなされないままシーンが進めば、それは一般的な「趣味」のジャンルにすら届かない、今よりもっとアンダーグラウンド化した、泣かず飛ばすの運動に終わり、やがて消滅するだろう。
今の自分に必要なのは、今の自分を見つめるということ、ただそれだけだ。
USE MY BRAIN.
FEEL MY HEART.
半月ほど前、とある場所での、とある名も無き方の書き込みから、それを気づかされた。
同じ配信者たちから様々な言葉をかけられ続ける毎日を送っていると、
ときに、自らの不手際によって、自分のスタンスや位置が正確に把握できなくなってしまう。
与えられた情報を整理し、参考にするべき意見を取り入れ、あくまで客観的にそれらを捉え、分析する力を備えていないと、せっかくの声援やアドバイスを、無駄にしてしまうことになる。
放っておいても加速度的に伸び続ける、延べ「登録者数」。
単に過去ログが増えているというだけの「キャリア」。
時が経つにつれ自動的に誕生し続ける新規参入者によりそこはかとなく形成される、極めて陳腐な相対的評価。
これらの情報は、今、自分が配信しようとしている内容、つまり、現在の自分が発揮できているスタンスとは、全くといっていいほど関連性がない。
そして、最終的に重要視する項目ではない。
最終的に、というのは、それらは、宣伝効果のあらわれとして、自分を広く知ってもらい、認めてもらった証にはなるかも知れないが、それだけでは己の進化の糧にはならない、という意味だ。
自分の行っている活動の格を一切上げることなく、そのままのスタンスを維持し、じわじわとその認知度だけを広めていくという行為は、もう、今の僕には極めて無意味なことだと考える。
大切なのは、成長し、進化し、何を配信し、何を表現できるかだと考える。
一年前に製作したファイルと、今製作するファイルの質が、自分の中の基準で「同じ」と判断できるなら、それは、自分が一切成長していないという証拠だ。
現在の素人podcastという分野において最も渇望されているのは、早急なキラー・コンテンツの増加だ。
キラー・コンテンツの増加がなされないままシーンが進めば、それは一般的な「趣味」のジャンルにすら届かない、今よりもっとアンダーグラウンド化した、泣かず飛ばすの運動に終わり、やがて消滅するだろう。
今の自分に必要なのは、今の自分を見つめるということ、ただそれだけだ。
USE MY BRAIN.
FEEL MY HEART.
半月ほど前、とある場所での、とある名も無き方の書き込みから、それを気づかされた。
